10キロ超えスコティッシュのサンダーとあわてんぼママです
2018年12月21日
フアニとロンガ その3
前回の続き
数日後の午後おそく、ギィは畑にいた。
雪が降る前にやっておかなければならない仕事がたくさんあった。
日が陰って気温が急激に下がったと感じた時、オオカミの遠吠えを聞いた。
ギィははっとして家の方を見上げた。
家の北側はなだらかな丘が林に続いている。その木立の間から数頭のオオカミが姿を現したところだった。
オオカミたちはおおむね森の中で自足している。
しかし一部のものぐさなオオカミにとっては、牛や羊が呑気に遊んでいる家畜囲いは格好の餌場だった。
村の脅威は、いつやって来るか分からない野獣だけ、というわけではないのである。

ギィ一家の全財産といえば、さほど広くもない畑を除けば、僅(わず)かな羊とそれよりもっと僅かなヤギ、農耕用の牡牛と数頭の牝牛に仔牛、数羽のメンドリ、それだけだ。
とはいえ、先祖を遡れば、それすら持ちえない時期もあった。
税吏たちが頻繁に訪れていた頃のことである。
耕作地というのは働き続ければ痩せる。
天候に恵まれない年もある。
悪運が重なったような年の結果が不作であったとしても、役人たちは春の作付けを基準に算出した納税を要求する。
村人もたまったものではない。
役人たちは持ち帰る作物が少ないと分かると、最も健康そうな家畜を取り立てて行く。
家畜たちは土地を耕し、さかんに有機物を振り撒いて次の季節に希望を繋いでくれるというのに、これはまったく理不尽な話ではある。
ましてや税吏たちのもとを辿れば、たいがいは小さな荘園の倅どもの成り上がりなのだから、ある程度の理解譲歩があっても良さそうなものだが、出世したつもりがこのような僻地に使いに出されてヤケクソになっている。
せめて部下の手前では、強硬な態度を示して威厳を保つのが関の山。
かように無知無学とは恐ろしいものである。

しかし小役人の親方である大役人にとって、それはあながち間違ったやり方でもない。
税制とは、田舎の農民を甘やかすために発明されたわけではないのだから。
いかに優れた王様もしくは女王様がすべての民の幸福を祈ったところで、物事はそれほど単純なものではないのだ。
こうした時代を経て、祖父や父の世代の人々は何とか家畜を殖やし、安定数を確保した。
そして、ひと家族で管理できないほどには増やさない。
それが村の流儀だ。
さて、それはともかくとして、今、銛のような牙を剥いたオオカミたちが貴重な家畜を狙って丘を下りてくる。
ギィは働き過ぎていた。
家畜たちを厩舎に戻す筈の時が、僅かに遅れていた。
働き過ぎて良いことなど、まずはひとつも起こらないのが相場である。
「しまった!」ギィは長い柄の鍬を手に、全速力で走った。
しかしギィが囲いにたどりつくより早く、バタンと木戸を打つ音がして、家の中から野獣の仔が猛烈な勢いで飛び出して来た。
首には短く切れた綱を巻きつかせ、思いもよらぬ速さで草地を駆け抜け、オオカミと家畜の間に立った。
そしてオオカミたちに向かって低くうなり、尻尾を膨らませた。
オオカミたちは躊躇した。
目の前にいるのは奇妙な丸っこいチビ助。
まさか、俺たちとやり合うつもりでいるのか?
オオカミたちは顔を見合わせた。こいつが? バカバカしい!
フン、と鼻で笑い、先頭のオオカミがさらに前進した。
その瞬間、野獣の仔は全身の毛を逆立て、後ろ足で立ち上がった。
盛り上がった背中からは隠し持っていた鱗がめりめりと隆起し、獰猛に輝く両の眼でオオカミを見据える。
その姿は二倍にも三倍にも大きくなったように思われた。
高くかざした前腕の先で、半月刀のような鋭い鉤爪がぎらりと光る。
突然の変異にたじろぐオオカミの群れ。
そこへさらに真っ赤な口を、くわ、と開け、オオカミなどただの一咬みで殺せると言わんばかりに恐ろしげな牙を見せつけ、じつに不吉な「シャーッ!」という威嚇音を発した。
オオカミたちは恐れおののき、キャンキャンと悲鳴を上げながら尻尾を巻いて逃げ去った。
その光景を前に、ギィは唖然として立ち尽くした。
野獣の仔は深追いをしなかった。林の手前に立ち止まり、たてがみに覆われた頭部を振り立て、いま一度「シャーッ!」と吠えた。
しかし、仕切り直して戦ってやろうと考えるオオカミはついぞ現れなかった。
やがて野獣の仔はゆっくりと丘を下りた。
家畜囲いのあたりまで来た頃には、もうすっかり、もとの姿に戻っていた。
そして、心の中に残る勢いを持て余したのだろうか、決然として囲いの横木をくぐると、せっせと家畜たちを追い立て始めた。

羊もヤギも、先程までの野獣の仔の姿に恐慌をきたすことなく、素直にそれぞれの小屋に入って行く。
愚鈍なふりをして言うことを聞こうとしない牝牛には、軽くうなって従わせた。
その後ろをメンドリたちがいそいそとついて行く。
もはや日が暮れようという時間であった。
ギィは野獣の仔とともに家畜小屋の戸締りを確かめた。
すべての作業を終えると、野獣の仔の首に巻きついた綱を解いてやることにした。
切れ端を見ると、ナイフを用いたかのようにすっぱりと切断されている。
鉤爪を用いたに違いなかった。
ギィはかつて味わったことのない感慨をおぼえた。
切ろうと思えばいつでも切れたであろう。
つないでおく意味など、始めからなかったのだ。
家の前では、妻と娘が不安な面持ちで待っている。
野獣の仔はまっすぐにフアニのもとに駆け戻った。
小さなフアニはその短い腕で野獣の仔を抱きしめた。
ギィは笑いながら言った。
「こいつはまったく勇敢(ロンガン)だな」
それを聞いたフアニは、輝くような笑顔を浮かばせて言った。
「ロンガ・・・? ロンガ。おまえはロンガよ、ロンガ!」
野獣の仔は返事の代わりか、幸せそうに喉を鳴らした。
ロンガとは、この地方特有の言語で『勇敢』を意味するところのものを、さらに幼児言葉に簡略化したものである。
ともあれこの日から、野獣の仔はロンガという名前を得たのだった。
フアニとロンガは、ともに成長した。
冬の間も、ロンガは家畜の用心を怠らなかった。
春の兆しが見える頃には、家畜たちを取り仕切るのがもはや日課となっていた。
しかし最も大切な仕事は、小さなフアニに仕えることである。
フアニが呼べば、ロンガは必ず駆け戻る。
ロンガはフアニの足もとで食べ、フアニの足もとで眠った。
フアニとロンガは、この世にまたとない友人同士となった。
次回へ続く
数日後の午後おそく、ギィは畑にいた。
雪が降る前にやっておかなければならない仕事がたくさんあった。
日が陰って気温が急激に下がったと感じた時、オオカミの遠吠えを聞いた。
ギィははっとして家の方を見上げた。
家の北側はなだらかな丘が林に続いている。その木立の間から数頭のオオカミが姿を現したところだった。
オオカミたちはおおむね森の中で自足している。
しかし一部のものぐさなオオカミにとっては、牛や羊が呑気に遊んでいる家畜囲いは格好の餌場だった。
村の脅威は、いつやって来るか分からない野獣だけ、というわけではないのである。

ギィ一家の全財産といえば、さほど広くもない畑を除けば、僅(わず)かな羊とそれよりもっと僅かなヤギ、農耕用の牡牛と数頭の牝牛に仔牛、数羽のメンドリ、それだけだ。
とはいえ、先祖を遡れば、それすら持ちえない時期もあった。
税吏たちが頻繁に訪れていた頃のことである。
耕作地というのは働き続ければ痩せる。
天候に恵まれない年もある。
悪運が重なったような年の結果が不作であったとしても、役人たちは春の作付けを基準に算出した納税を要求する。
村人もたまったものではない。
役人たちは持ち帰る作物が少ないと分かると、最も健康そうな家畜を取り立てて行く。
家畜たちは土地を耕し、さかんに有機物を振り撒いて次の季節に希望を繋いでくれるというのに、これはまったく理不尽な話ではある。
ましてや税吏たちのもとを辿れば、たいがいは小さな荘園の倅どもの成り上がりなのだから、ある程度の理解譲歩があっても良さそうなものだが、出世したつもりがこのような僻地に使いに出されてヤケクソになっている。
せめて部下の手前では、強硬な態度を示して威厳を保つのが関の山。
かように無知無学とは恐ろしいものである。

しかし小役人の親方である大役人にとって、それはあながち間違ったやり方でもない。
税制とは、田舎の農民を甘やかすために発明されたわけではないのだから。
いかに優れた王様もしくは女王様がすべての民の幸福を祈ったところで、物事はそれほど単純なものではないのだ。
こうした時代を経て、祖父や父の世代の人々は何とか家畜を殖やし、安定数を確保した。
そして、ひと家族で管理できないほどには増やさない。
それが村の流儀だ。
さて、それはともかくとして、今、銛のような牙を剥いたオオカミたちが貴重な家畜を狙って丘を下りてくる。
ギィは働き過ぎていた。
家畜たちを厩舎に戻す筈の時が、僅かに遅れていた。
働き過ぎて良いことなど、まずはひとつも起こらないのが相場である。
「しまった!」ギィは長い柄の鍬を手に、全速力で走った。
しかしギィが囲いにたどりつくより早く、バタンと木戸を打つ音がして、家の中から野獣の仔が猛烈な勢いで飛び出して来た。
首には短く切れた綱を巻きつかせ、思いもよらぬ速さで草地を駆け抜け、オオカミと家畜の間に立った。
そしてオオカミたちに向かって低くうなり、尻尾を膨らませた。
オオカミたちは躊躇した。
目の前にいるのは奇妙な丸っこいチビ助。
まさか、俺たちとやり合うつもりでいるのか?
オオカミたちは顔を見合わせた。こいつが? バカバカしい!
フン、と鼻で笑い、先頭のオオカミがさらに前進した。
その瞬間、野獣の仔は全身の毛を逆立て、後ろ足で立ち上がった。
盛り上がった背中からは隠し持っていた鱗がめりめりと隆起し、獰猛に輝く両の眼でオオカミを見据える。
その姿は二倍にも三倍にも大きくなったように思われた。
高くかざした前腕の先で、半月刀のような鋭い鉤爪がぎらりと光る。
突然の変異にたじろぐオオカミの群れ。
そこへさらに真っ赤な口を、くわ、と開け、オオカミなどただの一咬みで殺せると言わんばかりに恐ろしげな牙を見せつけ、じつに不吉な「シャーッ!」という威嚇音を発した。
オオカミたちは恐れおののき、キャンキャンと悲鳴を上げながら尻尾を巻いて逃げ去った。
その光景を前に、ギィは唖然として立ち尽くした。
野獣の仔は深追いをしなかった。林の手前に立ち止まり、たてがみに覆われた頭部を振り立て、いま一度「シャーッ!」と吠えた。
しかし、仕切り直して戦ってやろうと考えるオオカミはついぞ現れなかった。
やがて野獣の仔はゆっくりと丘を下りた。
家畜囲いのあたりまで来た頃には、もうすっかり、もとの姿に戻っていた。
そして、心の中に残る勢いを持て余したのだろうか、決然として囲いの横木をくぐると、せっせと家畜たちを追い立て始めた。

羊もヤギも、先程までの野獣の仔の姿に恐慌をきたすことなく、素直にそれぞれの小屋に入って行く。
愚鈍なふりをして言うことを聞こうとしない牝牛には、軽くうなって従わせた。
その後ろをメンドリたちがいそいそとついて行く。
もはや日が暮れようという時間であった。
ギィは野獣の仔とともに家畜小屋の戸締りを確かめた。
すべての作業を終えると、野獣の仔の首に巻きついた綱を解いてやることにした。
切れ端を見ると、ナイフを用いたかのようにすっぱりと切断されている。
鉤爪を用いたに違いなかった。
ギィはかつて味わったことのない感慨をおぼえた。
切ろうと思えばいつでも切れたであろう。
つないでおく意味など、始めからなかったのだ。
家の前では、妻と娘が不安な面持ちで待っている。
野獣の仔はまっすぐにフアニのもとに駆け戻った。
小さなフアニはその短い腕で野獣の仔を抱きしめた。
ギィは笑いながら言った。
「こいつはまったく勇敢(ロンガン)だな」
それを聞いたフアニは、輝くような笑顔を浮かばせて言った。
「ロンガ・・・? ロンガ。おまえはロンガよ、ロンガ!」
野獣の仔は返事の代わりか、幸せそうに喉を鳴らした。
ロンガとは、この地方特有の言語で『勇敢』を意味するところのものを、さらに幼児言葉に簡略化したものである。
ともあれこの日から、野獣の仔はロンガという名前を得たのだった。
フアニとロンガは、ともに成長した。
冬の間も、ロンガは家畜の用心を怠らなかった。
春の兆しが見える頃には、家畜たちを取り仕切るのがもはや日課となっていた。
しかし最も大切な仕事は、小さなフアニに仕えることである。
フアニが呼べば、ロンガは必ず駆け戻る。
ロンガはフアニの足もとで食べ、フアニの足もとで眠った。
フアニとロンガは、この世にまたとない友人同士となった。
次回へ続く
晩上好!
絵を描く時間がないので、いたずら描きと出来合いの写真です。
ごめんなさい。
いたずら描きの方は間抜けな税吏のイメージ図です。
今夜は今年最後の卓球部
時間いっぱい試合で、8チーム中の4位・・・
課題山積ですワ (=_=)
諦めずに頑張ります!
それではみなさん、おやすみなさい・・・
絵を描く時間がないので、いたずら描きと出来合いの写真です。
ごめんなさい。
いたずら描きの方は間抜けな税吏のイメージ図です。
今夜は今年最後の卓球部
時間いっぱい試合で、8チーム中の4位・・・
課題山積ですワ (=_=)
諦めずに頑張ります!
それではみなさん、おやすみなさい・・・
Posted by サンダーのママ at 00:35│Comments(0)
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