10キロ超えスコティッシュのサンダーとあわてんぼママです
2018年12月29日
フアニとロンガ その6
前回まで
野獣たちは苛立っていた。
野獣は千年の余を生きる。
それは人間の数える年月と同じではない。
彼らは異なる時間を生きているのだから。
おおよその目安を知りたいというなら、繁殖期から次の繁殖期までを一年と見なせば妥当なところであろう。
ところが先ごろ、まだ繁殖期の兆しも見えないのに、なぜか一頭の仔が産まれた。
それはまったく不愉快な生き物であった。
体毛は、夜の闇にはまことに不都合なほどに白く、おまけに妙に丸い顔と大きな目、ぽってりした体つきにぽってりした手足。不自然に長い尻尾は奇形の最たる証拠であろう。
とにもかくにも、どこをとっても気に入らない。
かろうじて小さな牙と鱗を有してはいるものの、野獣らしい猛々しさなど微塵もなかった。
それは例えて言うなら、春に花を咲かす種類の木が、時として初冬に間違って花をつける。
わずかに咲いた花は、花弁の数も合わず病んだような色をして、実を結ぶでもなく早々に落ちていく。
そのようなことに似ているのだろう。
加えて、野獣の仔なら、生まれ落ちればすぐさま手近の小動物を捕らえ喰らい始めるものであるのに対して、このチビ助はぺたりと座ったまま、怪訝そうな目で親たちを眺めている。
野獣たちは皆、腹を立てた。
未知のものと対面して腹を立てるのは、野獣の専売特許である。
そこで彼らはこの不吉な幼獣をつまみ上げ、住居にしている岩山から深い谷底へ投げ捨てたのだった。
今、野獣たちは苛立ちを募らせていた。
あれのおかげでスケジュールに狂いが生じた。
そのうえ、ようやく繁殖期がやって来たというのに、村の守りは以前より格段に堅くなった。
闇に紛れ様子を窺ったところ、あちこちの物陰に武装した男たちが潜んでいる。
これは厄介である。
一人二人の幼児を奪うために繁殖可能な人間を何人も殺し続けていれば、いずれ村の人口が減ってしまう。
そうでなくとも人間というのは怪我や病気、あるいは無知のせいで簡単に死んでしまう生き物だ。
おまけに、斥侯がわりに使っていた不良オオカミどもが、最近人家に近づくのを渋るようになった。
したがって大まかな子供数の報告もない。
理由を質しても言葉を濁し、あろうことか正しいオオカミの群れに戻って行く者も出る始末だ。
野獣たちは日程の変更を余儀なくされた。
繁殖期が完全に閉じるのは、夏至から二日後の真夜中。
ぎりぎりで間に合うはずだ。
祭りの日、ユェンは家族を先に送り出した。
娘時代に織った華やかなショールがまだ似合うかどうか、鏡の前で確かめたかったからだ。
髪型も気に入るまで何度か結い直した。
ダンスに参加するのはフアニを身籠って以来だ。
ユェンはいつになく華やいだ気分になっていた。
ギィはいつだって的当ての花形なのだから、夫に相応しい装いで出向きたかった。
ひとり広場に向かう道を歩いていると路傍の草木が初夏の香りを放ち、ユェンの心を打った。
この季節はこの世で一番美しい。
空気さえ生きる喜びに満ちている。
ユェンはとりとめのない思いをめぐらせた。
この村は良い所で、素晴らしい家族がいて、わたしは幸せだわ・・・
フアニが成長したら、星を読む人になるだろう。
ギィはそう言っていた。
女の子がそんな仕事に就けるとは考えたこともなかったけれど、彼が言うのなら、きっとそうなるのだろう。
いずれにしても気の早い話だわ。
あの子は昼間中ロンガと戸外で走り回ってばかり。
星が並ぶ頃には、すっかり眠ってしまうんだもの。
けれど、ロンガはこのままいつまでもそばにいてフアニを見守ってくれるものだろうか?
わたしたちの都合で飼い慣らしたつもりでいるけれど、それが本当にあの生き物の進む道なのだろうか?
最近のユェンは、ロンガはいずれ森に帰るのではないかという気がしていた。
何の根拠もない、ただ漠然とした予感である。
やがて成長を果たせば、自分の正しい居場所を求めるのが当然のことではないだろうか。
もしもそんな時が来たら、フアニはどうするかしら。
できればまだ先のことであって欲しい。
別れを理解できる年になってから。
あまり悲しまないで済むように。
ロンガの存在が、幼年期の夢だったと思えるように。
祭りの会場の方角から、美しいハーモニーが聞こえてきた。
あれはスウニとフレイだわ。
もうじきダンスの時間が始まるんだわ。
ユェンが広場の入り口にたどり着いた時、賑やかなさざめきは悲鳴と怒号に変わった。
次回へ続く
野獣たちは苛立っていた。
野獣は千年の余を生きる。
それは人間の数える年月と同じではない。
彼らは異なる時間を生きているのだから。
おおよその目安を知りたいというなら、繁殖期から次の繁殖期までを一年と見なせば妥当なところであろう。
ところが先ごろ、まだ繁殖期の兆しも見えないのに、なぜか一頭の仔が産まれた。
それはまったく不愉快な生き物であった。
体毛は、夜の闇にはまことに不都合なほどに白く、おまけに妙に丸い顔と大きな目、ぽってりした体つきにぽってりした手足。不自然に長い尻尾は奇形の最たる証拠であろう。
とにもかくにも、どこをとっても気に入らない。
かろうじて小さな牙と鱗を有してはいるものの、野獣らしい猛々しさなど微塵もなかった。
それは例えて言うなら、春に花を咲かす種類の木が、時として初冬に間違って花をつける。
わずかに咲いた花は、花弁の数も合わず病んだような色をして、実を結ぶでもなく早々に落ちていく。
そのようなことに似ているのだろう。
加えて、野獣の仔なら、生まれ落ちればすぐさま手近の小動物を捕らえ喰らい始めるものであるのに対して、このチビ助はぺたりと座ったまま、怪訝そうな目で親たちを眺めている。
野獣たちは皆、腹を立てた。
未知のものと対面して腹を立てるのは、野獣の専売特許である。
そこで彼らはこの不吉な幼獣をつまみ上げ、住居にしている岩山から深い谷底へ投げ捨てたのだった。
今、野獣たちは苛立ちを募らせていた。
あれのおかげでスケジュールに狂いが生じた。
そのうえ、ようやく繁殖期がやって来たというのに、村の守りは以前より格段に堅くなった。
闇に紛れ様子を窺ったところ、あちこちの物陰に武装した男たちが潜んでいる。
これは厄介である。
一人二人の幼児を奪うために繁殖可能な人間を何人も殺し続けていれば、いずれ村の人口が減ってしまう。
そうでなくとも人間というのは怪我や病気、あるいは無知のせいで簡単に死んでしまう生き物だ。
おまけに、斥侯がわりに使っていた不良オオカミどもが、最近人家に近づくのを渋るようになった。
したがって大まかな子供数の報告もない。
理由を質しても言葉を濁し、あろうことか正しいオオカミの群れに戻って行く者も出る始末だ。
野獣たちは日程の変更を余儀なくされた。
繁殖期が完全に閉じるのは、夏至から二日後の真夜中。
ぎりぎりで間に合うはずだ。
祭りの日、ユェンは家族を先に送り出した。
娘時代に織った華やかなショールがまだ似合うかどうか、鏡の前で確かめたかったからだ。
髪型も気に入るまで何度か結い直した。
ダンスに参加するのはフアニを身籠って以来だ。
ユェンはいつになく華やいだ気分になっていた。
ギィはいつだって的当ての花形なのだから、夫に相応しい装いで出向きたかった。
ひとり広場に向かう道を歩いていると路傍の草木が初夏の香りを放ち、ユェンの心を打った。
この季節はこの世で一番美しい。
空気さえ生きる喜びに満ちている。
ユェンはとりとめのない思いをめぐらせた。
この村は良い所で、素晴らしい家族がいて、わたしは幸せだわ・・・
フアニが成長したら、星を読む人になるだろう。
ギィはそう言っていた。
女の子がそんな仕事に就けるとは考えたこともなかったけれど、彼が言うのなら、きっとそうなるのだろう。
いずれにしても気の早い話だわ。
あの子は昼間中ロンガと戸外で走り回ってばかり。
星が並ぶ頃には、すっかり眠ってしまうんだもの。
けれど、ロンガはこのままいつまでもそばにいてフアニを見守ってくれるものだろうか?
わたしたちの都合で飼い慣らしたつもりでいるけれど、それが本当にあの生き物の進む道なのだろうか?
最近のユェンは、ロンガはいずれ森に帰るのではないかという気がしていた。
何の根拠もない、ただ漠然とした予感である。
やがて成長を果たせば、自分の正しい居場所を求めるのが当然のことではないだろうか。
もしもそんな時が来たら、フアニはどうするかしら。
できればまだ先のことであって欲しい。
別れを理解できる年になってから。
あまり悲しまないで済むように。
ロンガの存在が、幼年期の夢だったと思えるように。
祭りの会場の方角から、美しいハーモニーが聞こえてきた。
あれはスウニとフレイだわ。
もうじきダンスの時間が始まるんだわ。
ユェンが広場の入り口にたどり着いた時、賑やかなさざめきは悲鳴と怒号に変わった。
次回へ続く
Posted by サンダーのママ at 23:21│Comments(0)
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